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[乳がんで右乳房を切除した塩沢とき]  

(日刊ゲンダイ  2013年4月1日)
(プレイバック芸能スキャンダル史)


<1985年8月>
キノコのような独特の巨大ヘアと過激な下ネタトークで話題を呼んだ塩沢とき。
がんとの闘いを繰り返し、何度も生還したことでも知られているが、中でも印象に残るのは
ブレーク直後の1985年8月、乳がんで右乳房を失った時のエピソード。


1950年に美人女優としてデビュー以来、映画やテレビで活動。
「愛の戦士レインボーマン」(1973年、テレビ朝日)の魔女・イグアナ役など個性的な役も
こなし、脇役としての出演が多かった。

しかし、1984年「ライオンのいただきます」(フジテレビ)に出演して以来、人気が急上昇。
小堺一機が司会を務める同番組では視聴者から寄せられる「身のシタ相談」のハガキに対し、
松尾和子や清川虹子、小森和子らと共に上品な口調でハチャメチャなセックス談議を繰り広げた。
他にも週刊誌のインタビュー記事等で過去の性遍歴や不倫経験を赤裸々に披露して話題を呼んだ。

独特のヘアスタイルはデヴィ夫人を意識したもの。
当初は控えめだったが、回を追うごとに大きくなり、最終的には発泡スチロールを詰め込み、
セットに2時間、元に戻すのも30分という巨大ヘアとなった。


そんな人気絶頂の塩沢(当時57)をがんが襲う。
1985年7月23日、いつものように肌にローションを塗っていた塩沢は右の乳房にしこりを発見。
「ひょっとしたら、がん?」と25日に国立がんセンターで検査、乳がんの疑いありと診断された。


塩沢は1958年、30歳の時にも舌がんを患った。
舌の切除は女優生命の終わりを意味するが、幸運にも担当は最新療法を学んだ医師だった。
放射線を帯びた針を患部に刺して、がんを焼く治療を行った。
舌を引き出して針を刺すため、治療は激しい痛みを伴い、歯を全部失い、入れ歯となるなど
過酷を極めた。


こうした過去の経験もあり、塩沢はがんに対してはとくに敏感。
乳がんも比較的早期に発見できた。
「オッパイを残すとか残さないとかいろいろ言っても、言えるうちが花。生き延びるためなら
オッパイと命は天秤にかけられないでしょう」と塩沢は病室のベッドが空くのを待って、
8月12日に右乳房を切除する手術を受けた。
8月24日に退院し、9月16日の「いただきます」出演から仕事に復帰した。

復帰では、「片パイ」のイラストを掲げた塩沢は手術当日に起きた日航機墜落事故に触れ、
「私なんかオッパイがひとつなくなっただけで何でもない」と語った。

翌年、「今夜は最高!」(日本テレビ)に出演した塩沢は「もうできないから記念にやって
おきたかった」と、無傷の左の乳房をタモリ相手にポロリと披露。

「乳がん先生」と呼ばれ、ロケ先で女優から「私のオッパイを見て」と言われて触診したことも
あったという。


その後もマイペースで芸能活動を続けたが、2004年に再び乳がんで左乳房を切除、
さらにスキルス性胃がんを発症し、2007年5月17日、惜しまれながら79歳で亡くなった。





http://gendai.net/articles/view/geino/141817  














 

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乳がんで右乳房を切除した 故・塩沢ときさん        
 

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